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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)1304号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 福商運輸株式会社 (旧商号 清田運輸株式会社)

右代表者代表取締役 諏訪徳

右訴訟代理人弁護士 寺田武彦

被控訴人(附帯控訴人) 彌榮自動車株式会社

右代表者代表取締役 粂田禎雄

右訴訟代理人弁護士 田邊照雄

同 知原信行

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用(控訴費用及び附帯控訴費用)は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

原判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  控訴人(附帯被控訴人、「控訴人」という)

(控訴事件につき)

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(附帯控訴事件につき)

本件附帯控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人、「被控訴人」という)

(控訴事件につき)

主文第一、二項同旨

(附帯控訴事件につき)

主文第二、三項同旨

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

本件トラックの運転席後部仮眠室で仮眠中であった門前昇は、兼古正善の泥棒運転を容認したり、同人に運転を任せたりしたことはない。門前は、兼古が車内に侵入してきた際の物音で目覚め、兼古が泥棒運転を始めたことに気付き、直ちに助手席に移って運転の中止を求めた。しかし、兼古は門前の制止を無視し、なおも運転を継続したので、門前は何度も必死になって運転の中止を求めていたものであり、この僅か数分の間に本件事故が発生してしまったのである。

自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者の意義及び範囲については、多くの最高裁判例があるが、つまるところ、事故時の具体的運行について運行支配と運行利益を有する者と解しており、この運行支配・運行利益は、必ずしも当該運行に対する直接具体的又は効果的な支配の存在及び当該運行による現実、具体的な利益の帰属を要するものではないが、社会通念上、客観的・外形的に保有者のための運行と観察することができ、保有者が雇傭等の人的関係を通して自動車の安全な運行を支配・制御しうる立場にあると評価されうる場合に初めて肯定されるとしている。

これを本件についてみると、自動車運転者がエンジンキィーを差込んだまま自動車から離れている間に自動車を盗用された場合とは、全く事情が違っている。運転者門前は、エンジンキィーを差込み、ドアロックをしていなかったけれども、それは自分が本件トラック内にいたからであり、車の管理上過失があったわけではない。運転者の現在するトラック内に全く無関係の第三者が入り込んでくるなどということは全く予測できない事態である。運転者が仮眠する場合にドアロックをしていなかったり、エンジンキィーを差込んだままにしておくことはむしろ通常であり、これらが運転者の管理上の過失になるということはできない。

二  被控訴人の主張

1  本件はいわゆる泥棒運転にあたらず、控訴人は運行支配及び運行利益を有していたから、運行供用者に該当する。

まず、運行支配とは、運行自体について自動車に対して直接又は間接の支配力を及ぼし得ることを意味するが、本件においては、控訴人は貨物自動車運送営業を目的とする会社で、本件トラックの所有者であるところ、本件事故は、当時の控訴会社代表者門前昇が事故前日より本件トラックの運転に従事し、会社の営業のための運転中に発生したものであり、当夜門前は、本件トラックの運転席のすぐ背後の仮眠室にいて、兼古の乗り込んできたことをすぐ知ったが、同人の告げた行き先が長岡京市であることを聞いて自分が送ってやると言い、兼古の運転中フロントグラスの曇りを取ってやって運転しやすくし、赤信号で本件トラックが停止したときエンジンを止めることが可能であったにもかかわらずそのような行為に出ず、結局機会があったにもかかわらず兼古の運転を制止しなかったものであって、これらの事実を総合すると、控訴会社はいまだ本件トラックの使用についての支配を失わず、兼古に運転を任せていたものというべきである。

次に、運行利益とは自動車の使用により享受する利益をいうが、本件においては、門前は当時控訴会社の営業のための運行をしていたうえ、兼古を本件トラックで長岡京市まで乗せて行くことを了承し、その途上で事故が起きたのであるから、控訴会社に本件トラックの使用により享受する利益が帰属していたというべきである。

被控訴人は、運行支配があると認められさえすれば運行供用者に該当すると思料するが、仮にそうでないとしても、右のとおり控訴会社には運行利益も帰属していたから、運行供用者の要件に欠けるところはない。

2  「走る凶器」と呼ばれ、扱い方を一歩誤まると危険物と化す自動車の管理という面からみると、自動車のエンジンキィーをつけっ放しにしドアに施錠せずして仮眠することは、右のような状態のままで自動車から離れる場合と同様に、自動車の管理に手落ちがあることになる。本件の場合、右手落ちが兼古の無暴運転を誘発したものであり、そのうえ門前は兼古の運転を制止するための有効な手段をとらなかったのであるから、本件トラックの管理について過失がなかったということはできない。

3  本件トラックを運転した兼古は制限速度を二〇キロメートルも超える高速(時速七〇キロメートル)で走行した過失がある。兼古がこのような高速運転をしていなければ、被控訴会社所属の本件タクシーは右折を完了することができたはずで、本件事故が発生しなかったことは明らかである。更に、兼古は本件タクシーを衝突地点の手前二五メートルの地点で発見し、衝突地点から四八メートル進行して停止しているが、時速七〇キロメートルで走行している場合、停止距離は五〇メートルで十分であるから、兼古には衝突の危険を察知しながら直ちに制動の措置をとらなかった過失もある。

本件タクシー側の過失は右折に際し対向直進車である本件トラックの動向を的確に確認しなかったことであるが、双方の過失を対比したとき本件トラック側の過失がより大であることは明らかである。被控訴人の本訴請求は、控訴人側と被控訴人側の過失割合を五分五分とみて、損害賠償金の五〇パーセント分の負担を求めるものであって、極めて控え目の請求である。

三  証拠《省略》

理由

一  当裁判所は、当審における証拠調の結果を参酌しても、控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほかは原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決六枚目裏四行目「結果」の次に「並びに当審証人門前昇の証言」を挿入し、同裏六行目「あり被用者である」を「あった」と改め、同裏八行目「団地」を「ないし石田大受町」と改め、七枚目表一行目「始めた。」を「始めようとした。」と改め、同表二行目「わからないまま」の次に「、本件トラックが他車の走行の邪魔になっているため兼古が単にその位置を移動させるために運転するものと早合点し、運転してもよい旨答えた。ところが、門前の予想に反し、兼古は運転を開始するやどんどん走行し始めたので、門前は」を挿入し、同表三行目「運転を」を「何度となく運転を」と改め、同表六行目末尾に「なお、兼古の運転中、少くとも一度は交差点で赤信号のため一時停止したが、門前はその際エンジンキーを引き抜くようなことはせず、その他実力で兼古の運転を制止するような行為には出なかった。」を付加し、同表一一行目から一二行目にかけての「酒に酔っていたこともあって」を削除し、八枚目表一行目「右全額」の前に「本訴提起前に」を挿入し、同表末行「あり被用者である」を「あった」と改め、同裏四行目「酔余」を削除する。

二  控訴人は、本件事故当時本件トラックは控訴人と無関係な第三者により控訴人の意に反して運転されていたのであり、その者が運転をするについて控訴人側に過失がなかったから、本件事故によって生じた損害について控訴人は自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者としての責任を負担しない旨主張する。しかし、前認定の事実関係によれば、兼古は全くの第三者ではあるが、本件トラックの運転を始めることができたのは、本件トラックの運転者門前が夜間道路上にトラックを駐車させ、エンジンキーを差し込んでエンジンを掛けたままドアに施錠をせず、自分は運転席後部仮眠室で仮眠中であったことに基づくのであり、門前は兼古が本件トラックの駐車位置を変更するために乗込んできた者であると誤解したとはいうものの、一応兼古に対し運転してもよいと述べて形の上で運転に同意を与え、その後助手席から兼古に対し口頭で何度となく運転中止を求めたとはいえ、兼古が長岡京市まで行きたいと言っただけで口を閉じたまま運転を止めようとしなかったのでその運転に任せ、運転中少くとも一度は赤信号で一時停止したが、その際エンジンキーを引き抜くようなことはせず、その他実力で運転を制止するような行動に出ず、兼古が運転を始めてから約一〇分後本件事故を惹起するに至ったというのであって、以上の経過を全体として観察すると、控訴人は本件事故当時なお本件自動車に対する運行支配を失っていなかったものと認めるのが相当であり、自動車損害賠償保障法三条による運行供用者としての責任を免れないと解すべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

三  以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第一項につき仮執行の宣言を付することとし、訴訟費用(控訴費用及び附帯控訴費用)の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 露木靖郎 庵前重和)

〈以下省略〉

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